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老年科医のひとりごと 第25回

私は生きてます

井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

 4年半前に食道がんが発症して以来,余命いくばくもないと思って過ごしてきたが,昨年の暮れは久しぶりに平穏に過ごすことができそうであった.
 昨年までは再発に備えた年の暮れであった.
 4年を過ぎて5年目に入っても再発しなかった.どうやら私は5年を過ぎて少なくともこの病気で死ぬことはなさそうであると思った.目の前にあった死の壁はしばらく消えてくれたようだ.
 日常を確かめながら未来に向かって生きていけると思った.喪中はがきの準備をする代わりに「今年もよろしくお願いします」と胸を張って年賀状を書けそうな気分がしていた.
 12月の初めから年賀状の準備をした.夏に撮った家族全員の写真を茶畑さんに送って似顔絵を描いてもらい,パソコンの筆まめに取り込んだ.「昨年も家族一同元気に過ごすことができました」という文章を添えた.
 パソコンで年賀状を作り始めて数年になるが,毎年おびただしい不良品が出ていたが,今年はほとんど不良品が出なかった.12月17日にコンビニのポストへ投函した.280枚であった.輪ゴムで縛って3束.達成感があった.
 妻の分も作った.彼女は忙しいので年末まで年賀状に取り掛かることができなかった.追い詰められて12月30日に妻は自分のパソコンですべての宛名をプリントしてから個別にコメントを手書きしているうちに気がついた.
私は生きてますの図(W240) 私のところへ飛んできた.「来年は平成30年よ!」
 私の作った年賀状は「平成29年元旦」とプリントしていたのであった.
 妻はそれから全部やり直したが,私の年賀状はもう郵便局にあった.私は死にたいくらいに後悔した.
 私が死んだと思っている人がいるらしいが,死んだと思っている人が1年前の日付の私の年賀状をもらったらどう思うだろう.生きているときに書いた年賀状かと思うだろうか.あらかじめ1年前に死を予測して書いた年賀状だと思うかしら?
 大晦日まで,随分迷ったが「私は生きてます」というはがきはついに出さなかった.

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