コンビニ奮戦記
井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授
毎朝コンビニへ寄って新聞3紙とペットボトルのお茶を10年間買ってきた.
中年の女性が1人で切り盛りしていた.そのおばさんと会話をしたことはなかったが,たまにレジで「いつもありがとうございます」と言っていたので,私が毎日そこで購買していることはわかっていたようだった.
その日は4月の下旬で車のドアを開けると雨が車内へ吹き込んで来たので,傘を差す前にペットボトルのお茶の残りを運転席に座ったまま外へ捨てた.店主はアルバイトの学生を連れて店の周りを歩いていた.私を見咎めて近づいてきた.「お客さん!止めてください!」と言った.私は何故か即座に「すみません」と謝った.
私はいつものように店に入り,新聞とお茶を買った.店主は先回りしてレジで私を待っていた.「ペットボトルの水は店の中に捨てる場所があるのでそこへ捨ててください」とレジの前に立った私に言った.私は「すみませんでした」と再び謝った.店主は無言でお釣りを差し出した.私は「すみませんでした」と言ってそこを離れたが店主の硬い表情は私の脳裏に残った.
私が悪かったことは認めるが,10年間も毎日通ってきた馴染みの客にあの態度はないだろうと,店を出て大学の研究室へ辿り着いてから思い出した.
高齢者の怒りは時間を経てから出てくるようだ.そして,その私の怒りの感情を女店主に知らせようと思った.
私はその日以来そこへは行かなくなった.
1週間,行かなかった.毎日新聞を買っていた「品のいい老人」が来なくなったことにそろそろ気がつくはずだ.
2週間経った.「あの人,怒ったのかしら」と思いつくはずだ.いいお客さんを失って悔やんでいるに違いない.
3週間経った.「ひょっとして俺が死んだと思ってるんじゃないか」と,不安が生まれた.
4週間経った.私はまだ生きていることを知らせるためにそのコンビニへ行こうかどうか,迷っている.