濃厚接触者
井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授
2022年12月,いったん落ち着いたかに思えていたコロナがまた流行り始めた.私よりずっと若い同僚たちもコロナになった.「井口先生は年寄りなのでコロナになると命が危ない」と看護師たちが守ってくれているおかげで,私は今のところ無事である.
私の妻がコロナになった.妻に症状は出なかったが寝室に引きこもり外へ出なくなった.妻と2人暮らしである.私が朝食を準備して寝室の前に置いておいた.夕食も私が大学から帰宅して作った.そして携帯電話で連絡をした.
月曜日に発症して土曜日になっても妻の抗原検査は陽性であった.
感染を気にして妻と2人家で過ごすよりは別々の所で過ごした方がよいと私は考えた.私は大学へ出かけることにした.病院は休日でも人がいるが大学は入院患者がいないので,土曜日は無人である.
通常の入り口が閉鎖されていて,数少ない進入口から泥棒のように館内に侵入した.電気がついていないので構内は暗かった.事務室のカーテンが下りていて事務員はいない.事務員がいないということは何かあったときに助けを求める人がいないということだ.
もしも地震が起こったとして,建物が倒壊したときに私がここにいることを知る人はいない.瓦礫の中に埋まった私の存在に気づく人はいないだろう.救出活動の捜索範囲に含まれない可能性がある.私は不安になってきた.せめて妻に電話をしておこうと思った.
「今どこにいるの?」と妻に質問された.「大学だよ」と私が答えた.「大学のどこ?」,「7階だよ」,「あなた以外に誰かいるの?」,「誰もいない」,「そんな危ない所にいるよりはコロナになる方が安全よ.早く帰っていらっしゃい」と妻が言った.
私は急いで家に帰ることにした.