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老年科医のひとりごと 第82回

望遠鏡効果
─なぜ年をとると時間が速くなるのか─

井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

 私は9年前に終末期に至る食道癌を患った.人生が終わると思ったときが私個人の歴史の「標識」になっている.私が標識を選んだのではない.標識の方が私の方に押しかけてきたのだ.
 最近結婚式に出席した.死ぬ覚悟をしたそのとき以降結婚式に出た覚えがない.
 結婚式に着る衣装があるか心配になったが,式服は結婚式も葬式も同じであることを思い出して安心した.結婚式には白いネクタイを締めて行くことも思い出した.
 結婚式場で隣に座った50歳の友人が「先生が癌になったのは5年ほど前ですね」と言った.
 1955年アメリカの統計学者グレイはアンケートの回答の中に奇妙な特徴があることを発見した.
 「過去2年間に,開業医に何回かかりましたか?」という質問に対する回答を調べてみると回答者は頻度を過大評価する傾向があった.
 一般に人々は過去の出来事に実際よりも最近の日付をつける傾向がある,ということである.この現象は望遠鏡効果と呼ばれている1)
 しかしこの効果は老人には当てはまらないらしく,70歳以上の年長者は出来事を実際の時代より新しい画像(W290)も古く位置づける1)
 私が最後に仲人をやったのはS先生の結婚式だった.S先生の年齢から考えると今から15年ほど前のことだが,私にはずっと昔の30年も前のことのように思われる.
 望遠鏡を反対から覗いているように遠方にみえる.
 グレイによると年をとると成人とは違って望遠鏡を逆さに覗いているように出来事が遠方にみえるという.老人は時間間隔を延ばしているのだ.
 この事実は年をとるにつれて時間が速く過ぎる理由を説明できるかもしれないともグレイはいっている.

文   献
1)Dドラーイスマ:なぜ年をとると時間が経つのが速くなるのか(鈴木晶訳),講談社,東京,2009;pp286-287.

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