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老年科医のひとりごと 第75回

日曜日でもないのに

井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

 4月のある日の水曜日.クリニックの外来がなく毎月の会議もなかった.
 朝から家にいた.国民が働いているウィークデイに家にいる.何となく後ろめたかった.
 今までは,暇な時間はやり残してあった宿題や,新たな知識を得るために勉強をしなければならないと思って生きてきた.
 その日はそういう気分にならなかった.庭に出てみた.
 午前11時,日の当たる場所の椅子に座ると春の日差しが暖かい.ナンテンの木の葉が揺らいでいるのでかすかな風はあるのだろう.昨年の秋に植えたチューリップが咲いている.ばらまくように球根を埋めておいたアネモネが茎を伸ばして花をつけている.名前を忘れていた球根が花を咲かせた.花を見るとフリージアという名前を思い出した.
 花は真面目で嘘をつかないし,手抜きもしない.
 耳元を,蜂が音を出して通り過ぎていく.
 「ウィークデイの昼間に庭に出て花を見ながらひなたぼっこなどしていていいのか」,「せめて論文を読むとか,本を読むなどして頭を使った方がいいのではないか.ただ,ぼーっとしているのは時間の無駄だ」そう思わなくもなかった.thumbnail_休みでもないのに (W250)

 最近では死の影はちらつかなくなった.
 起きているでもなく,寝ているでもなく,考えているようで何も考えなくて,しかも退屈ではない.人恋しい訳ではなく,誰か私に手紙を書いてーーという気分でもない.一人でいても寂しくもない.椅子に腰掛けて無駄な時間が経った.
 若かった頃,といっても50を過ぎた頃,学生のときから尊敬していた精神科の名誉教授に聞いたことを思い出した.先生の年齢は80歳を過ぎていたように思う.私が「年齢を取っていいことって何ですか?」と尋ねると,先生は「ぼーっとできることですよ」と教えてくれた.
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