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老年科医のひとりごと 第70回

M市高齢者施策検討会議

井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

 M市の高齢者施策検討会議は水曜日の午後2時に開催される.私がその会議の会長になったのは今から15年も前だ.会議のある日には午前11時に家を出る.高速道路に乗りCDのオールデイズを聞きながら田園地帯にある市役所まで約1時間である.
 春には町全体が桜で覆われる.秋になると道ばたにコスモスが咲いている.町の西側を流れる川はいつも穏やかであると思っていたが,前年の台風では川の氾濫が起こったそうだ.
 田舎の町は昼間でも静かで人通りは少ない.市役所に入ると数名の市民が待合室におり,職員が忙しそうに働いている.1階の北側の一角に食堂があり,私はそこで昼の定食を食べることにしている.1年に3回だけなので飽きることはない.
 人口6万人の小さな町である.政策を決める人と実行する人とそれを受ける人の距離が近い.市役所は国が決めた政策を実行に移す先端の場所である.
 委員の任期は3年ごとであるので委員の顔ぶれは3年経つと変わる.しかし私のような学識経験者や医師会代表は何回でも再選が可能になっている.副会長は耳鼻科を開業している長老先生で,既に20年以上はそのままだ.私は彼よりだいぶ若いと安心していたが,今では私も紛れもない老人になった.
 職員は3年ごとに変わるので私たち2人の方が彼らより施策全般ついての知識が多くなってしまトリミング済(W230)った.
 職員はその町で生まれて子供を育て,父母を見送る人たちである.

 現在の担当職員は町のおばさんが台所から抜け出してきたような人だ.いつもドギマギしている.自分でも理解できていない書類を会議では読み上げなければならないからだ.それに油断すると長老先生に叱られるからだ.私は,長老先生から彼女を守るためにいつもかばってやっている.
 市役所は電車の線路の脇にあり,その先には駅がある.
 会議中に電車が通る.ゴトゴトと大きな音を立てて赤い電車がゆっくりと駅のホームに入る.
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