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老年科医のひとりごと 第62回

電子カルテ受難

井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

 21世紀に入ると全国の大学病院に電子カルテが導入された.デジタル製品に不慣れの教授には難行,苦行,試練の毎日であった.
 ある教授に不倫疑惑が持ち上がった.どこへ行くにも美人の秘書を連れて行くからだった.不倫相手に疑われた秘書は「教授はコンピューターの“起動”もできないからいつも私が付いて行くのよ,それだけの話よ」と懸命に不倫疑惑を否定して回らなければならなかった.
 バイト先の市中病院でも電子カルテを使うようになると秘書を帯同する訳にもいかない教授は貧乏生活を余儀なくされる羽目に陥った.
 私が大学病院を辞めて私立大学のクリニックへ勤めるようになってから13年になる.秘書がいなかったので初めの頃は電子カルテに戸惑っていたが,さすがに10年を超えると問題なく扱えるようになった.新しく導入された操作手段を発見することもできるようになった.もっとも「その操作法は最初からありましたよ」と看護師に言われたが….
 ようやく機種に馴染んできたのに問題が発生した.電子カルテを違う会社のものに変えるというのだ.
 自動車の運転はどこの会社のものでも同じである.車によってアクセルとブレーキの位置が反対であるということはない.挿絵電子カルテ受難(W270)しかし電子カルテはメーカーが違えば操作方法も違うし,操作画面がメーカーごとに異なる.それに機種を変えるには旧カルテから新カルテへの移行もしなければならない.
 カルテ操作に夢中になっていると患者対応がおろそかになってしまう.だから私はカルテの操作は看護師の言うがままに従っている.「先生そこをクリックして」と言われればマウスを駆使して看護師の示す箇所をクリックする.「今度は左上のここをダブルクリックして」と言われれば,それに素直に従う.
 そうやって一日中看護師に隷属している.
 命令に従うのに夢中になっていると「先生おしっこ行く?」と言われた.言われてみれば尿意がある.そんなことまでもわかるのか? さすがに看護のプロだ.
私はすかり看護師に看護されている気分になっている

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