「愛している」と伝えて
井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授
毎年胃カメラをやっている.3年前から胃に気にかかる箇所があると主治医に言われていた.少しずつ増大していてそのうち本物の癌になるかもしれない.いっそのこと内視鏡で取ってしまおうということになった.
コロナ禍の大学病院へ入院した.期間は1週間であった.2時間の内視鏡手術が終わるとその後は何もすることがなかった.
綺麗な看護師が来てくれて体温と血圧を測ってくれた.この頃では医者がやらない胸部と腹部の聴診や触診もやってくれた.
院内放送でアナウンスがあった.
「入院中の患者様に申し上げます.当院では患者様の外泊およびご家族などの面会を禁止しております」入り口では怖い守衛が見張っている.エレベーターの乗り口にも,病棟の入り口にも「面会禁止」の張り紙があった.コロナのために面会禁止である.
家族が面会に来ても会えないぞ,といっているのである.
家族からの差し入れは病棟の入り口まで持参すれば看護師が病室へ運んでくれるということのようだ.
入院して2日目に妻が着替えを持って病棟の入り口に来た.
看護師が「奥さんからです」と言って着替えを持って病室へ来た.「奥さんが古い下着を持って来てと言っています」と言うので脱いであった下着の袋を看護師に渡しながら「妻に愛していると伝えてください」と私が言った.
看護師が何とも微妙な表情になって部屋を出て行った.そしてわざわざ引き返して「伝えておきました」と言いに来た.
それが1回目の出来事だった.それから2日後に再度妻が下着を持って現われた.
今回は受付の事務の女の人が私の病室へ着替えを持って来た.使った下着の袋を渡したときに私の顔を見て私の言葉を待っているようだった.
前回と同じ伝言が私の口から出るものだと思っていたようだ.どうやら妻の前回の訪問時に看護師に伝えた私の伝言を聞いていたようだった.
しかし今回,私は黙っていた.事務員は物足りなそうな表情をして部屋を出て行った.