こりゃだめだ
井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授
Y子さんは私のクリニックへ通ってくる患者である.
気立てがよくて優しくて頭のよい女子学生である.問題なのは肥満である.体重が110kgもあった.
「何年生だったっけ?」と聞くと「4年です」,「就職って決まってたんだっけ?」,「決まってます」,「どこだったっけ?」,「ITです.この前も先生に同じこと聞かれました」
そういえばこの前も同じことを聞いたような気がする.
「痩せれば凄い美人になるよ」と言うと彼女はすかさず「今は違うんですか?」
だってさキミ,まだ十分太ってるじゃない,と言いそうになったが「いや今でも美しいけどね」とちょっと不自然なことを言ってしまった.
「2キロ痩せたんですけど.この前も先生に同じこと言われて」,「そうだったっけ?」とカルテを見れば3カ月で2kg痩せている.今では108kgである.110kgのときよりは美人になったかな?
私は乙女心を傷つけてしまった.何とか挽回しなくてはいけない.「でももっと美人になるよ」と引きつった顔で言うと「もっとですかーーー」と不満顔である.
私は話題の転換を試みた.
「運動してる?」,「してます」,「何やってるの?」,「ダンスしてます.それも前に聞かれました」
「そうかーー.僕はねー最近すぐ忘れるんだよなー」と自信がなくなってきた.「ウジマッチャのアイス止めた方がいいよ」とカルテに書いてあったことをそのまま言った.「この前もそう言われたので止めました」.彼女が好きだと言っていた「ウジマッチャ」が「宇治抹茶」だとわかったのは前回のことだったのか.
「先生,本当に忘れっぽいね」
「間食は?」,「おやつ大好き.ケーキ大好き,これも前に聞かれました」.そして「こりゃだめだ」と自分に言い聞かせるように言った.
そして,私に向かって「こりゃだめだ」と繰り返した.