年越し蕎麦

井口　昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

　年末年始を香港で過ごした．妻は日本のスーパーでカップ麺の蕎麦を買って来て旅行鞄に入れていた．

　香港は人の波であった．

　日本人と中国人の区別がわからなくなってきた．私がニューヨークにいた30年ほど前には日本人にはそれなりの特徴があって，中国人や韓国人とは区別することができた．「日本人は背広を着て，眼鏡をかけてずんぐりとしていて背が低い．そしていつも鞄を持っている」というのがアメリカ人の見方であった．私はいつも韓国人に間違われていた．韓国人はアジア人の中では格好いいというのがもっぱらの評判であった．

　今では皆同じようなシャツにズボンで，老いも若きもスニーカーを履いている．革靴にワイシャツなどは私だけであった．そしてスマホを持っている．ガラケーを持っているのは私だけだ．道ばたで物売りをしている歯の抜けた老婆もスマホをいじっていた．

　空港の人波を見ていると，人種はわからないが，若いか年寄りかは人種を越えて直ぐにわかった．

　人種は分別できなくなっても「若いか年寄りかさっぱりわからない」という時代は永遠に来ないだろうと思われる．

　今でも国際的な老化の定義ははっきりしないが，将来も老若の判定には「見た目」が最も有力であることに変わりはなさそうである．だから人種差別はいずれなくなっても年齢差別は根強く残るだろう．

　大晦日にはNHKで紅白歌合戦をやっていた．ホテルのテレビは紅白歌合戦だけが日本語であったので久しぶりに紅白を見て過ごした．

　昔，わが家では紅白歌合戦と年越し蕎麦はセットであった．

　紅白は様変わりしていた．とりとめのない騒がしいだけの番組に思えた．昔に比べて蕎麦がうどんに変わったほどに違って見えた．

　年越し蕎麦を食べようとすると，妻の用意したのはうどんであった．彼女は間違って「カップウドン」を買ってきてしまっていたのだった．