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老年科医のひとりごと 第28回

チューリップ

井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授

 公園に咲いていた桜が散る頃になるとわが家の庭のチューリップが開花する.
 20年前,集団住宅から転居したときに友人がチューリップの球根をプレゼントしてくれた.網目の袋に入った球根は50個もあった.2~3個の球根をベランダの鉢植えで栽培していた私たちは大量の球根を前にして「庭をもつ」ことを実感した.
 私はそれ以来,秋にはチューリップの球根を買ってきて庭に埋めていた.土地を耕して肥料を施して,冬の陽だまりができる季節になると芽が出る予感を楽しんだ.
 春が近づくと毎日土を眺めた.球根は土の中で確実に発芽して期待を裏切ることはなかった.赤や紫などの様々なチューリップが庭一面を彩った.チューリップの栽培は私と妻のお仕事になった.次第に増えていき500個を超えた.
 しかし5年前から私のチューリップは庭から消えた.5年前に私は手術不能の末期の食道がんと診断されて放射線治療と化学療法を受けた.化学療法の始まる前に主治医から妻と一緒に説明を受けた.
 事前承諾書の「治癒は困難です」という一文を妻は黙って見ていた.

 私は秋に球根を買い求める気分にはならなくなった.
 妻は変わらず球根を植えていた.数は少なくなったが妻が埋めたチューリップは毎年,花を開いた.
 私は咲き誇るチューリップを,公園の桜を眺めるように鑑賞するだけになった.チューリップの図(W280)トリミング済
 私に課せられていた様々な社会的な義務も優しい同僚たちが肩代わりしてくれた.それは一緒に走っていたマラソンランナーの人波から外れて,走り続ける人たちを見送っているようなものだった.

 発症から5年経過した今年の春になって,主治医に食道がんは「奇跡的に完全緩解した」と告げられた.消失していた人生の予定表が再び与えられたのである.私は,人の隊列に戻ることができるようになったのだ.
 私は走り出さねばならないが,走り続ける人波を横に眺めて今はまだしゃがみ込んだままである.

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