車でお散歩
井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授
私の尊敬している精神科の医師は「ご気分はいかがですか?」と挨拶をすると,必ずつまらなそうな顔をして「絶不調です!」と言う.その顔をみると私は幸福な気分になる.
人は自分よりも不幸せな人の顔をみると安心するものだ.うつ状態のときに幸せそうな人に出会うことほど不幸なことはない.
私は国立大学を定年退職してからドライブを楽しむようになった.新たな勤務地である私立の大学への通勤で寄り道をして回る.見知らぬ土地を散策して回るのは楽しいことである.歩くのはしんどいが車で回れば気楽に探索できる.
この頃の車はカーナビを備えているので道に迷う心配はない.
興味の赴くままに知らない道に迷い込んでも「家に帰る」とカーナビに向かって怒鳴れば家に帰ることができる.だから安心して道に迷える.
私の友人は病院長であるが,うつ状態になりやすい性格をしている.
彼は私に出会うと自分がいかに「落ち込んでいるか」について詳細に説明する.
経営のこと,人間関係のことなど,やるかたない不満に溢れている.
私もうつ状態に陥ることが多いが,彼の話を聞くと私の方がまだましだと思える.そして安らぐ気分になるのだ.だから私はうつ状態の彼に会うのが嫌いではない.
「病院の人事に行き詰まり気分が塞ぎ,どうにもならなくなった」彼は四国のお遍路回りを計画した.
四国のお遍路を回れば煩悩が消えて新しい人生を出発できるのではないかと思うと言った.
私は彼が幸せになってしまうのかと焦った.
2人で名ばかりの送別会を催して乾杯をして別れた.
数週間後に彼は帰還した.
ゴルフバックを持って四国を回ってきたそうだ.
車で回り,時折ゴルフをしていたそうだ.
帰還したときは以前にも増してうつ状態が激しかった.
車でのお散歩は体にも精神にもよくはなさそうだ.