初恋
井口 昭久
愛知淑徳大学健康医療科学部教授
私の母校である伊那北高校は中央アルプスの麓に広がる伊那谷にある.伊那谷は広い平地であり天竜川に沿って飯田線の電車が走っている.
秋になると駅伝があった.足の速い者が選ばれて学校から丘を下りて天竜川沿いを走って東の丘を目指した.途中で飯田線の電車の鉄路を横切らなければならなかった.
選ばれた選手たちはタスキを受け継ぎ,最初の頃は優劣がついていなかったが次第にトップとラストには差がついた.
4番目の走者がトップを走っていると飯田線の踏切で遮断機に遮られてしまった.通過する電車の前でイライラしていると次々に選手が到着してきた.ついには最後尾の選手も一緒になった.皆がそろったところで遮断機は上がり再度スタートであった.
声変りが終わり,髭が生え始める頃だった.
女子生徒は1学年に10人ほどしかいなかった.女生徒と話をするような好機は滅多になかった.女の子の手を握った経験のある生徒はフォークダンスで幸運に恵まれた者だけであった.
卒業して10年ほど経たときに同窓会があった.心に秘めていた秘密を打ち明ける勇気のある者がでてきた.密かに恋していた女の子の名前を打ち明けた.周りで酒を飲んでいた者たちの眼が輝いた.彼らの初恋も同じ女の子であったのだ.密かに憧れていた女子生徒が皆同じであったことにお互いに驚いた.秘めていた恋人は同じ人だった.そして誰一人としてその子とお話をしたことがないことも分かった.
純情な子供たちだった.遺伝子の誘導を受けて同じように成長していた.
卒業して思い思いの人生を歩きだした.
加齢のスピードは似たようなもので誰でも同じように年寄りになると思っていた.
60代の後半になって私は30 年ぶりに故郷で開かれた同窓会に出席した.
皆それぞれに年を重ねていた.当時の担任の先生だった人よりも年寄りに見える者がいれば,昔のままの若さを保つ者もいた.
私たちの人生行路において卒業後には遮断機は降りなかったようだ.